伊勢と出雲と和

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皆さん、こんにちは。

年末から体調を崩していましたが、
なんとか回復して、やっと食事がまともに
できるようになってきました。
これも浄化作用の一つの現れかもしれませんね。

さて、今日は伊勢と出雲について少し語りたいと思います。

年末に伊勢神宮と出雲大社に参拝に行ってまいりました。
今年は両社とも遷宮の年。
新しい社殿の中でパワーを戻した神様がいらっしゃるので、
ご挨拶に伺ってきました。

もともとこの地には大国主神がいらっしゃったところへ
天照大神が高天原より、この土地を統治したいという
ことで大国主神に国を譲るように言った、そう国譲りの
伝説の話です。

kuniyuzuri

国譲りは古事記の中では、武力を使って天照大神が大国主神
より人間界を奪ったように記載されていますが、その後に
編纂された日本書紀の中では、その表現が変わっていて、お互い
話し合いの末、統治場所を入れ替えたようになっています。

それまでは、

人間界=大国主神  神界=天照大神

だったものが、国譲り以降は

人間界=天照大神 神界=大国主神

というようになったわけです。

ここに日本の「和」という概念が込められている気がします。

日本の和はただ仲良く手を取り合ってという意味では
本来ありません。

和には、お互いがそれぞれのことを主張し、納得いくまで
議論して、最後にお互いが納得した結論を出して手を取り合う
そうした意味があります。

現代では、和=お互いが我慢したり妥協して譲歩するような
意味が多いのですが、実はそうではなく徹底的に議論すると
いう過程があるわけです。

本来、国譲りの話ももとは争い事の話だったのですが、
当時の政治的な意図から、話合いによって「和」を尊んだ
という内容に変わっています。

和の概念が日本で本格的になったのは、聖徳太子の時代。
聖徳太子が17条憲法を定めた、その第一条に

一曰、以和爲貴、無忤爲宗。
人皆有黨。
亦少達者。
以是、或不順君父。
乍違于隣里。
然上和下睦、諧於論事、則事理自通。
何事不成。

という記載があります。意味は

和をなによりも大切なものとし、
いさかいをおこさぬことを根本としなさい。
人はグループをつくりたがり、
悟りきった人格者は少ない。
それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、
近隣の人たちともうまくいかない。
しかし上の者も下の者も
協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、
おのずからものごとの道理にかない、
どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。

となっています。

これを分かりやすく伝える逸話として日本書紀にこのような
国譲りの逸話が掲載されたのかもしれませんね。

では、また。

P.S
今日の夜から海外へと旅立ちます。
少々ブログの更新がとまりますが、よろしくお願いします!


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