UTMF2014参戦記⑦


12時30分、天子山地の登山道入り口に到着。
入口にある神社にお参りしてから、
登山道をゆっくりと登っていく。

西富士中学から次のエイドまでの区間距離は18.9km。
距離に加えて高低差が半端ない。
高低差だけでなく坂の斜度がとてもきつい区間だ。
最初の天子ヶ岳で830mひたすら登り、
その後、長者ヶ岳、天狗岳、熊森山、雪見岳と難所が続く。

この区間の様子

高低差以上に斜面の斜度が半端なく、登りも下りも容赦なく
脚に大きな負荷が襲ってくる。

最初のピークの天子ヶ岳へ登りきったあと、少し体調不良を
覚えたので、ここで約1時間程休憩をとる。

この段階では、睡眠不足と疲労のために
三半器官が弱ってきていて、
歩いていても真っ直ぐに進むことが
できなくなっていた。

休憩すると、疲労感と痛みは相変わらずだったが、
とりあえず眠気はなくなり視力もだいぶ回復していた。

上りも下りも、自分の体重があだとなって
強烈な痛みとなって襲ってくる。
登りでは呼吸が苦しく、すぐに息が切れる。
呼吸器官も悲鳴を上げていて、
咳き込む頻度が増えてきていた。

気持ちが折れそうになるが、まだ前に
進められると一歩一歩足を運ぶ。
ゆっくり時間をかけて、一つ一つのピークを
クリアしていった。

最後の雪見岳にアタックする段階になると
もう先のことを考える余裕はなく、
目の前の一歩一歩にだけに意識を集中していた。

最後の雪見岳の頂をクリアしたあとの
下りもかなりハード。
踏ん張りの利かない脚に、
90kg近い体重が両足に掛かるので、
なんどもすべっては転ぶを繰り返した。

結局この区間で、アバラ骨2本折り、
左膝の靭帯を損傷、
あと両足の甲に違和感を覚えていたが、
後で診察したら疲労骨折と判明。

痛いわけだ。。。

最大の難所である天子山地を約7時間かけて
クリアしたものの、100kmを超える距離を
走ったあとでのこの山地へのチャレンジは
とても大きな代償を払うことになった。

一昨年であれば、これでリタイアしただろうが、
今回はリベンジ戦。
骨折だろうが、靭帯損傷だろうがが全く関係ない。
足が一歩でも踏み出せるのであれば、
その一歩を踏み出すだけだ。

できるできないじゃない。
やるかやらないかだ。

まだいける。まだやれる。
そんなことを考えていると、世界最高の
トレイルラインナーのキリアンの言葉が
頭に浮かんできた。

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栄光にキスするか、全てを捧げて果てるか。
敗北は「死ぬこと」、勝利は「感じること」を意味する。
闘いこそが、勝利、勝者を生み出す。
君はこれまで何度、怒りや痛みに涙を流しただろうか。
これまで何度、記憶や声を失い、
疲労の限界を忘れただろうか。
これまで何度、微笑みをたたえて
自分自身にこう言い聞かせただろうか。

「あと1周! あと数時間! あとひと登り! 
痛みなんか存在しない。
痛みをコントロールしろ。
粉砕しろ。
振り払ってしまえ。
そして、走り続けるんだ。
ライバルを苦しめろ。打ちのめせ!」

僕はエゴイストだろうか。
スポーツとはエゴイストなものだ。
孤独と地獄を愛するためにはエゴイストでなければならない。

立ち止まる。
咳をする。
寒さを感じる。
足の感覚を失う。
吐き気をもよおす。
嘔吐、頭痛、衝撃、出血・・・。
これ以上、すごいことなんてあるだろうか。
それでも「もうたくさんだ!」と
脚が悲鳴を上げるまで登り続ける。
はるか遠くの山の途上で、
嵐の中置き去りにされ、
絶え果てるまで。

敗北は死を意味する。
全てを捧げずに死ぬことなんてできない。
痛みや傷に涙を流す前にあきらめるわけにはいかない。
力尽きるまで闘うしかない。
栄光は最高の勲章なのだから。

栄光を手に入れるのも、
途中で果てるのも、
全てを捧げてからだ。
戦わなければ意味がない。
苦しまなければ意味がない。
力尽きなければ意味がない。
さあ、そろそろ苦しむ時が来た。
闘う時が来た。
勝つ時が来た。

「kiss or die」。

昔僕が住んでいた古アパートのドアに貼ってあった言葉。
僕は毎朝、この言葉を読んで練習に出かけて行った。

Killian Jornet(キリアン・ジョルネ)

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UTMF2014参戦記⑧へ続く


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